伊勢丹新宿店

住所
160-0022 東京都新宿区新宿3-14-1
電話番号
03-3352-1111
現在位置
TOPフロアガイド B1階 > ファーマーズクリエイション

ファーマーズクリエイション フロアガイド

独自農法で野菜を栽培する生産者たちを期間限定で
ご紹介するアグリイベントスペース「ファーマーズクリエイション」。
その一角にかまえる、若手ファーマーの専用スペース
「ファーマーズフリーステージ」。新しい感性を持ち、
夢と希望を持った若手ファーマーの作品と想いの発信の場とし、
その味を未来へつなげていくプロジェクトです。
ファーマーズフリーステージ
~若手農家のハート・ココロザシ発信場~
よりおいしく、より安心、これからの食卓の笑顔のために。
ファーマーズフリーステージとは

日本の食卓に並ぶ野菜の美味しさは、多くの農家の努力や挑戦によって支えられてきました。その先人たちが築いてきたものを、さらなる高みに引き上げるべく、いま若い農家が新たな取り組みを各地で始めています。
これからの日本の食のために。

伊勢丹は若い農家たちのココロザシを、全力で応援できるような試みを行いたいと考えました。
これからの日本の農業をひっぱっていくファーマーたちです。

第1回: 栃木県下野市<秋山農園>秋山 尚美氏

5年ほど前までは、東京で不動産の営業職を担っていた尚美氏。幼少期から、家業である農業を間近で見て育った彼女は、いつかは実家に戻って農業をしたいと思っていたそう。

<秋山農園>秋山 尚美氏

師匠であるご両親と

主体的に農家の仕事を始めて4年。以前より、ご両親を見ていて大変な仕事と理解はしていたが、その大変さは想像以上だったとのこと。
「天候など自然が相手。想定できないことばかりで、最初はそれに一喜一憂していました。」と言う。「でも、もう最近は仕方ない!と割り切れるようになれました。」と笑顔で語る。今はまだ、両親の作業を見ながら、農業の基本をしっかり覚えるために取り組んでいる最中。師匠である両親から学ぶことばかりだが、「経験や感覚で覚えていくだけでなく、その農業理論まで学びたい」と意欲を持つ。書籍や他の若手生産者と意見交換をしながら、さらなる技術の向上を目指している。
今夏、パプリカ栽培に力を入れたのだが、うまくいかなかったそう。ただ既に何が原因だったのかを考え、次回こそ、美味しいパプリカを作ろうと意気込みを見せている。

 

今後の目標をお伺いすると、「まずは"農業"というものをできるようになること。そして作る野菜全部が美味しいと言ってもらえることです。」と、師匠である父親と同じ考えが自然に継承されていることを実感。
そして、「両親と肩を並べられるような野菜を作れるようになりたい!」と、力強く語っていただけた。

熱い想いをかけた"作品"たち

第2回: 千葉県松戸市<タケイファーム>武井 敏信氏

就農して11年。ご両親が農家ながら、語学を勉強し、社長秘書や販売業などさまざまな仕事を渡り歩いた武井氏曰く、家業の農業は「一番やりたくない仕事」だったそうだ。そんな中、「美味しい野菜を作りたい」と農業を始めたところ、その奥深さにのめり込んでいった。

<タケイファーム>武井 敏信氏

新しい品種にもトライし続ける

 

手がけた野菜は300種以上。松戸市の住宅街の中、あまり広くない土地ではあるが、現在はたった一人で農業を営む。その考え方・農法は独特。一人ですべてを行うがゆえに、すべてにおいて効率が優先。農地を耕すことも、種蒔きも、収穫も。一人で効率的に農業をやるとなると、一般的な農法は通用しないのだと言う。すべて独学で学び検証し毎回改善をする。そうやって独自の方法を編み出したそうだ。
また、作る野菜も個性的。見たことのない野菜や、聞いたことのない品種が少量多品種で栽培されている。緑のナスや紫のトマト…。今年初めて栽培をするものばかりだそうだ。昨年上手にできて好評だったものも、次年度必ず栽培するとは限らない。新しい品種や面白いものがあれば、それにトライし続けている。

 

そんな武井氏のもとには、色々な人物が栽培してほしい種を持ってくる。「カタログで売っている種はもう古い。」その先のものにチャレンジするのが武井流とのこと。ただ、選定も厳しい。種の系統や品種を研究し、良いものができると思ったものだけを栽培する。それでも満足せず、Webや独自のネットワークを通じて、日々新しいものやその可能性を探し続けている。
そんな武井氏だが、農業のポリシーには全くブレがない。「目先の売上ではなく農家の信念が大切。雨の日に収穫はしない。虫が食ったものは売らない。売れ残ったものは繰り越さない。迷ったものは売らない。それらを売ってしまったら、もしかすると武井の野菜はこんなものか…とお客さまにずっと思われ続けるでしょ。」キュウリも、あのトゲを大切にするために1本ずつ袋に入れるし、菜の花も空気にさらされている時間は3分以下なのだそうだ。

 

常に「ハイレベルな野菜ってなんだろう」と自問自答している。Web注文の個人のお客さまには、武井氏自身が発送履歴を見ながら毎回野菜の中身を変えるほどの手間をかける。レストランのシェフもよく農園に呼んでは、新しい品種の味を確かめてもらうそうだ。自身もレストランに行くなどして作る野菜の品種やサイズなどの参考にしている。お皿の上に調理された料理をイメージしながら野菜を栽培する農家は、なかなか数少ないだろう。
そのこだわりは、さらにその先にも。野菜を販売するうえではパッケージも大事。「自分が大切に育てた野菜を他の農家の野菜と差別化するため」という理由で、シールやロゴはデザイナーに仕上げてもらうほどのこだわり。野菜をデザインしたポストカードも、コレクター心をくすぐられるほどのものだ。

「社会における農家の地位をもっともっと高めていきたい!そのためにはまだまだ足りない。もっと同じ若手農家にも志してほしい。」まだ10年の経験ながらも、武井氏を慕って教えを請う若手農家も多いのだそうだ。「販売方法や種の選び方など、ノウハウは包み隠さず教えますよ。ただこの(一人で全部やる)農法だけは参考になるかなぁ。」と笑う。

 

「カッコいいでしょ!」と、口癖のように出る言葉が、野菜にもパッケージにも、生き方にもぴったりだった。若手でありながら、もう既に先導者のような農家だ。

第3回: 石川県小松市<本田農園>本田 雅弘氏

農業を始めて10年。石川県小松市にトマトときゅうりに自信を持つ若手農家、本田 雅弘氏がいる。

<本田農園>本田 雅弘氏



 

幼少期より、食に関することに興味を持ち、いずれはそんな仕事に就ければと考えていた。大学は東京農業大学へ進むが、正直なところ自分が「農家」になる実感は伴っていなかった。しかし、就職活動の際に出会った千葉県の「農事組合法人 和郷園」で研修する機会があり、実際の農業に触れたことで、「農業」への意識が高まった。「経営としての農業」という考えを学び、昼間は施設栽培(ハウス栽培など)野菜の管理、夜は農家を訪ねて技術を学ぶなど、しっかりと経験と理論を叩き込んだ。3年が過ぎた25歳の時に、ケガから休養が必要になり、故郷に帰ることとなる。それを機に、地元で農業を始めることにした。

 

ただ、実家が農家ではないので、どう始めてよいのか。JA小松市に飛び込み相談し、施設を貸してもらえることとなった。まずは研修で取組んでいたトマトの生産を始めるが、なかなか上手く育たない。研修の時にお世話になった人のところへ出向いては学び、地域の先輩農家にも肥料や水分管理などの指導を仰いだ。その行動力とひたむきさが実を結び、3年目には、自分でハウスを建てて栽培を行うまでになった。そのときのことを「自分の力で建てただけあって、その完成を目の当たりにしたことが、もの凄く嬉しかった。」と振り返る。その後、就農5年が経過する頃には、トマトやきゅうりの地域組合の会長を務めるなど、若手のリーダーとしての任務を任される存在になっていた。
当時を振り返り、本田氏は、「すべては周りに良き指導者がいてくれたから。」と言うが、その縁は自らの行動力とひたむきな姿勢が作ったと言っても過言ではない。
野菜作りのポイントは「土壌分析をして、堆肥や肥料のバランスを考えること。そうすれば天候などにも左右されない、味や質の安定した作物が作れる」と持論を語る。

 

先日、ある商談会で本田氏が自らのトマトやきゅうりを説明している姿を拝見したが、いきいきとしていて爽やかな笑顔が印象的だった。10年目にして、もう既に若手農家の研修の受入れや指導を行なう先輩農家としての風格も出てきている。
「農業はやる前と経験後では全く印象が違う。経営する農業は難しく、野菜をただ栽培すれば良いものではないということを実感した。」と話し、「辛いと思うことはたくさんあったが、自分で作ったものをお客さまが美味しいと購入してくれる姿を見ることが何より嬉しい!」と笑顔で話していた。まずは地域の人に愛される農家になることを目標とするが、将来は、「本田ブランド」で勝負できる高品質な野菜作りを行ない、農業界で「世界のHONDA」を目指すと力強く言う。
主に手がけるのがトマト・きゅうりなど、まだ少品種ながらも、その一つ一つの野菜に対し、着実に各方面からの評価が高まっている。その野菜作りの誠実さが、彼の信念と言えるのではないだろうか。

第4回: 千葉県印西市<柴海農園>柴海 祐也氏

柴海 祐也氏とスタッフ一同



就農して5年、さまざまな経験をしてきた。
2年目の2010年夏には、記録的な猛暑で、栽培していた野菜がどんどん枯れ、根付いてもすぐに虫に食べ尽されてしまう状況となり、自然界の厳しさを、就農後すぐに味わったという。「栽培の技術が自分には足りない。」このとき、力不足を実感した経験が、いまに活きているのだと語る。
両親がトマトを栽培する農家で、生まれてずっと活き活きと楽しそうにお客さまと触れ合う姿を見てきたことで農業の道を志したのだという。その影響もあり、「お客さまと直接触れ合うこと」これを一番に考えている。「作った野菜を食べてくれる人が分かることが、何よりもやりがいです。またそうすることでお客さまのニーズも掘り起こすことも出来る。今までにないオリジナル商品を模索し続けることが大切だと考えています。」

 

いまは千葉県印西市で、農薬や化学肥料などを使わずに年間60品目の少量多品種を栽培している。肥料や土作りにもこだわり、野菜自体が健康で活力ある栽培方法を実践する。マルシェや産直直売所だけでなく、レストランなどへの提供も増え、多くのお客さまから好評を得ている。自身も大学卒業後にレストランで働いていた際に、生産者のこだわり野菜が消費者の求めるニーズを満たしきれていないことを感じていたために、直接お客さまと触れ合うことや、シェフと話をすることなども自ら実践し、満足される野菜作りを続けているのだそうだ。

 

将来の夢について、「日本を代表するような農業経営者になること。まずは<柴海農園>で働きたいと思ってもらえるようにしたいですね」と語る。
今回の新宿伊勢丹での販売に向けても全力。「今、持てる力を出し切る!そして<柴海農園>を、多くのお客さまに知ってほしい!!」と力強く語る、若き農園主の今後にも注目したい。

第5回: 茨城県土浦市<いくこの畑>西口 生子氏・敏男氏

茨城県土浦市。西口氏ご夫妻の元を訪れたのは、冬の青空が広がる昨年の12月末。北側に関東の名峰・筑波山を望む畑では、にんじん、白菜、カブなどが旬を迎えていました。畑では敏男氏がキャベツの収穫の真っ最中。しかし一年前までは、農作業のすべては生子氏が女手ひとつで行っていました。

<いくこの畑>西口 生子氏・敏男氏



水捌けがよく土壌に恵まれた畑で、
ゆっくりと育てられた野菜は、
自然な甘さが特徴。

 

「結婚するまでは、女性ひとりの就農にこだわっていました。農業に女性が関わるといえば、農家の嫁の「手伝い」のイメージではないですか?今の農業はそれだけじゃないってがむしゃらで、アクセルは踏めるけど、ブレーキは踏めなくて」(生子氏)。
築地で青果物卸業に携わっていた敏男氏との結婚で、生子氏の農業にも変化が表れはじめます。
「ふたりになってプラス1ではなく、掛ける2になりました。流通という視点が加わったので」(生子氏)。

 

「農業は僕の夢でしたが、実際携わってみると作業はかなりきつかった。徹底的に作物の面倒を見る生子を見ていて、もっと余裕を持って回していけないかと思ったときに、僕がしてきたことが活かされると思ったんです」(敏男氏)。
そして敏男さんは売り上げを増やすため販売を担当、都心のマルシェなど新しい市場を開拓していきます。その姿は、生子氏のサポートに見えるかもしれませんが、作物を生み育む生子氏と、積極的に社会に出て行く敏男氏という本来的な女性性、男性性の形でもあるような気がします。
昨年11月には愛娘・芽生子(めいこ)ちゃんが誕生し、生子氏は農作業を一時休憩中ですが、今年には畑の面積もさらに広げる予定。3人の新しい農業がはじまります。

 


女性でも作業がしやすいよう
生子氏は機械の改良も
自分で行った。


敏男氏は畑に出て約1年。


農薬も化学肥料も使わず
年間約50品目を栽培。

第6回(番外編): 静岡県浜松市<光郷城 畑懐>中村 訓氏

今回は、若手の野菜生産者のご紹介ではなく、種子や苗を生産する種苗業を営む、
中村訓(さとる)さんにお話を伺いました。


<光郷城 畑懐>中村 訓氏


中村氏が今後も残していきたいと
考える種


<静岡県/光郷城 畑懐>
つなげていきたい種 18種(各1袋)
…315円から
※価格は税(5%)込みです。
2014年4月1日(火)より消費税率が変更されます。
新税率の適用後は販売価格が表記と異なります。

 

 

中村さんは、静岡県浜松市で主に在来の野菜の種子や苗、培養土や肥料の生産までも行っている種苗業<光郷城 畑懐(こうごうせい はふう)>の三代目。本物・本質を考えた昔ながらの野菜を、もっと多くの人に知ってほしいと、在来種・固定種の種子を販売するようになった第一人者です。野菜を自分の手で育てることで、もっと身近に感じてほしいと今回の販売に賛同していただけました。

 

長い間、種を受け継ぎ、日本の食文化を形成してきた、日本の在来の野菜。時とともに多くの種が絶滅していく中で、自然の淘汰に耐え、強い生命力でその種子を残してきました。そんな種がいま、絶滅の危機に瀕しており、中村氏曰く「タイムリミットが迫っている」というのです。
何世代も前から受け継がれていたものが、我々の世代で消えてしまうということ。それはその野菜を栽培する農家の方々がいなくなってきているということだそうです。在来の野菜たちは、色やサイズ、形、収穫時期や収量などが、現在主流で育てられている野菜たちに比べ効率がよくないことが原因で、生産者が減ってしまっているのだそう。これから先にも残していくためには、もっと野菜の味を知り、もっと興味を持ってほしいのだといいます。

 

「子供のころ食べた野菜を思い出してほしい。もっと個性的な形や味だったはず。パワーのある野菜たちを今後に繋げていきたい。味がホントに違います。まずは召し上がってみてください」と中村さんは語ります。また、「在来の野菜たちは、生命力があるので家庭菜園でも育てやすい。3月は春蒔きに適した時期。ぜひみなさん育てて、野菜や土と触れ合ってほしい。今回は、時期だけでなく発芽率や育てやすさ、味など総合的に判断して18種の種を選び抜きました」と、今回の取り組みに大きな期待を感じているのだそう。

 

「ぜひ、わからないことや悩みがあれば店頭でお声をかけてください。」会期中は、浜松からご来店いただき、栽培方法なども説明していただきます。

 

野菜を「選ぶ」「食べる」から、「育てる」まで。新しい青果のコーナーにご期待ください。

第7回: 熊本県宇土市<生産者特殊部隊U.T.O.>

熊本県の中央部に位置し、西部に有明湾を臨む宇土市。一年を通して温暖な気候で、果樹を中心に農業が盛んな地域である。
そんな宇土市に、昨年2013年10月に発足した<生産者特殊部隊U.T.O.(ユーティーオー)>という若手生産者で組織されたチームがある。「ひとりの生産者でできることは多くない」と、宇土市で農業を営んでいた若手生産者たちが集った。現在、5人の生産者でチームを組んでいる。


 


 


 

隊長(<U.T.O.>でのリーダーの呼び方)は、齊藤栄一郎さん。一番の年長者だが、この取組みや野菜の栽培にかける想いは最も熱い。「自分の息子をはじめとした次の世代に魅力ある農業を継承したい。だから今、自分たちの代で変革し、さらに良い形にしておかなくてはならない」と語る。
齊藤さんの作るトマトは、その名も「栄一郎のトマト」として、自分の顔をデザインした袋に入れて販売することもあるという。「それがお客さまにとっての安心安全の意識につながれば良い。でも自分の方が手を抜くことができないようになったんですけどね」と笑いながら語る。

 

隊員(リーダー以外の呼び方)は、トマトや柿を栽培する小森さん、ネーブルやイチゴを栽培する鍬守さん、アスパラやミニトマトを栽培する平野さん、長茄子を栽培する堀川さん。中でも、小森さんのトマト「舞姫」は、昨夏以降、伊勢丹新宿店で紹介され、その味の良さから好評を博している。舞姫は最低限の土の量で、水も必要な分しか与えない栽培方法で育てられる。過酷な状況で強く育つトマトは、手に触れるだけで芳醇な香りが分かる。糖度が10度近くなるものもあり、その口当たりの良さが特徴。
この前例により、他の隊員のモチベーションもぐっと高まった。各人が「もっとこうすれば、次はさらに美味しくなる!」と、熱く語ってくれた。

 

宇土の土地は、元来の肥沃な地力だけでなく、温暖な気候と日本名水100選に選ばれる「轟水源」からの地下水が巡る最高の土地。各生産者の工夫や努力ひとつで、大きく野菜本来のポテンシャルを高め、他と差別化することができるのだろう。
まだ発足半年足らずの団体<U.T.O.>。本年の各隊員たちの取組みは、今後に大きな変革や品質向上を遂げるはずだ。近い将来、お揃いのオリジナルパーカやキャップを身に着けた彼らが、全国で野菜を販売して注目を浴び、彼らに次ぐ若手生産者たちや次世代を担う子供たちにとってのヒーローになるのだろう。

 

第8回: 愛知県<喜美農園>

<喜美農園>生産者・今北真人氏

 

「豊食の世の中だからこそ、食の大切さ、それを支える農業の素晴らしさを次世代に伝えたいんです」と語る、愛知県<喜美(よろこび)農園>の宮本善弘さん(通称・宮じい)。今、そんな"宮じい"に共感する若者たちが農園に集まり、自然の営みを活かした農業に取り組んでいます。

 

就農4年目の今北真人さんもそのひとり。
昔の農機具やクルマなどを自ら修理しながら農作業を行い、そのクルマを走らせて各地のマルシェにも向かうといいます。

 

「おいしい野菜を届けたい。そして、お客さまにも喜びを共感してほしい」と直接販売にも熱心な今北さんが、ファーマーズフリーステージに登場。「輝かしい未来に出発だ」というテーマのもと、宮じいと一緒に育てあげた自慢のフルーティトマトを販売します。

 


<喜美農園>
宮本喜弘氏(通称・宮じい)


愛車・ミゼットを走らせて、
各地のマルシェへ


自慢のフルーティトマト。
完熟してから収穫するから
甘くて味が濃い!

第9回: 千葉県松戸市<眞嶋農園> 眞嶋 洋行氏

<眞嶋農園>眞嶋洋行氏



千葉県松戸市の住宅地の中。大きな屋敷の前に広がる畑に、何代も続く眞嶋農園を引き継ぐ眞嶋洋行氏がいた。

 

農業を本格的に始めてから15年、現在43才。農業は継ぎたくないと、公務員として勤めていた時代もあった。しかし、子供時代に両親を見て培われた農業に対する印象と、実際に自分が社会に出て働くようになってから感じる農業の印象に、違和感を覚えるようになった。「自らの生産物で勝負する農業に魅力を感じるようになった」とその時の決意を語る。
主に父親から農業を学びながら、さらなる実力をつけるために、各分野の実力者の元を訪ねて回った。また、市場流通のみに頼らず、直接消費者に届ける形にも取り組んだ。
常に新しいことにも積極的にチャレンジし、まだまだ自分にとってのベストを探している。

 

「皆が口に入れるものを作っているので、心を込めた仕事に対して、消費者の方々から直接評価をいただけるのはうれしいです」とやりがいを語りながらも、「ただ、農業はやっぱり大変です」と、笑って話す。

 

目標は「農業・農家の地位をもっと向上させること」。以前に、通りがかりの子供たちから残念な言葉をかけられたことがあったそうだ。それ以来、農業が胸を張って取り組める、子供たちにも憧れられるような職業になることを目指している。

 

今回初めて新宿店で販売するにあたり、「食のプロや食通のお客さまに召し上がっていただき、"美味しい!"と認められたいですね」と笑顔で語る眞嶋氏。
代々続いてきた眞嶋農園のスタイルを受け継ぎながらも、よりベストを目指していこうとする野菜をぜひご賞味ください。

第10回: 岡山県岡山市<めぐみ農園> 岡本 尚子氏

<めぐみ農園>岡本 尚子氏



岡山県に就農2年目を迎えようとする女性の若手生産者、岡本 尚子(ひさこ)さんがいる。
20年以上、住宅メーカーに営業担当として勤務していた。しかし、「食」に興味を持ち始め、「食事療法」を知り、「食べることは生きること」であると実感。それを実践していく中で「食の大切さ」を感じ、野菜作りにも取り組むようになったのだという。2年半の間、京都・神戸の農地で農業研修を行い、兼業農家の実家で畑を借りて2012年秋に「めぐみ農園」を作り上げた。

 

「子供の頃は、実家の農業を手伝わされていて農業は敬遠していました。でもいまは、新しく取り組んだ野菜が無事に収穫できた時が、この上もない喜びとやりがい」という。
農薬は限りなく少なく、野菜本来の美味しさを引き出すことがポリシー。今の悩みは、この夏の暑さ。しかし100品目という少量多品種の栽培を行っていては休む暇もないほど。その上、前職のせいか営業や販売も好きなので、自らお客さまと触れ合う形での販売方法も行っている。

 

一番印象に残っていることは、と尋ねると、「トマト好きな子供が(めぐみ農園の)トマトに噛り付いた時、子供の手が止まったんです。「どうしたの?」と聞いたら、「美味しくてびっくりしたの!」と言われた時は本当に嬉しかったですね」と笑顔で語っていた。

 

「夢は……まだ秘密です。よちよちの新米農家なので、ここで話すのすら恥ずかしすぎますから」

 

野菜は、色とりどりのニンジンや、さまざまな形のズッキーニがたくさん並ぶ。「彩りのある食卓にしてほしい」という、"女性視点"を活かした野菜づくりが特徴。
そんな彼女の夏野菜が、初めて伊勢丹新宿店に並びます。

第11回:宮崎県<百姓隊>

谷口勇気さん



宮崎の伝統野菜「糸巻き大根」

宮崎県で、伝統野菜復刻に精力的に取組む生産者団体がいる。メンバーは、20代の若い農家が多く、宮崎県内25名の生産者で成り立っている。
設立は2001年。13名の生産者の直売所から「百姓隊」の歴史は始まり、2011年から、伝統野菜の本格的な栽培に乗り出した。
「宮崎の食文化を伝える伝統野菜が消滅の危機に瀕していること」を目の当たりにし、代表の谷口寛俊さんが、味が良く、昔ながらの味わいを持つ伝統野菜を守ろうと始めたことがきっかけだという。
最初に取組んだのは「佐土原ナス」の復活。佐土原ナスは江戸時代から宮崎県の佐土原町を中心に栽培され、なめらかな口当たりと品のいい甘さが特徴。しかし、病気に弱いため栽培が難しく、不揃いであることで、栽培する農家は徐々に減っていったそうだ。瑞々しい食感と、口のなかでとろけるような柔らかさが特徴の宮崎県のナスを復活させることに尽力した。
他にも「糸巻き大根」や「日向黒皮南瓜」などの宮崎の伝統野菜に留まらず、「聖護院大根(京都)」や「遠野かぶ(岩手)」「賀茂なす(京都)」「金時草(石川)」など、日本全国の伝統野菜を宮崎の地で栽培することにも取り組んでいる。

 

「日本各地の伝統野菜を、宮崎の地で栽培を繰り返していくと、年々味が良くなってくる。やはり日本の地で根付いていた野菜の適合力や生命力はすごいですね!」と谷口さんは言う。
今では、息子の勇気さんも主体的に取り組み、少量多品種で栽培する野菜を管理している。また、多くの人に伝統野菜の素晴らしさを知ってもらいたいと、県内で伝統野菜を使って、アートな世界観を演出したり、トークセッションを実施したりなど、その啓蒙、普及活動にも取り組み始めている。

 

勇気さんは「この伝統野菜を、多くの方に知ってもらい、味わってもらいたい。東京のお客さまにも届けたい!」と、今回の販売に意気込みを見せている。

 

ただ品質が良いということだけでなく、本来とは異なる地域で栽培されているため、出荷できるタイミングも変わる。それは、多くのお客さまに美味しい野菜を届けられることにも繋がっていく。「伝統野菜を守るため」から始めた取組みが、いま、多くのお客さまの笑顔や喜びを作り出し始めようとしている。

<百姓隊>のメンバーたち

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